あゆみの家の4つのグループから、4名の保護者をお招きしました。

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「子ども扱いするような言葉づかいをしないこと」について

[ 所長 ]
あゆみの家の基本理念には「利用者の主体性の尊重」があり、所内では「グレードアップ委員会」でこの理念が職員に浸透しているのかを点検しています。
先日、委員会で職員の意識調査をしたところ、実際の支援で戸惑いや迷いがあることが浮き彫りになりました。
例えば、「子ども扱いするような言葉づかいをしないこと」について「全ての場面でできているとはいえない」という職員もいます。
愛称の方が反応がいいとか、幼児語や擬音を用いないと伝わらないこともあります。

[ 父親A ]
父と子という関係で自然に出る言葉をかけていたので年齢に応じた言葉遣いのことは、日頃は気にしていません。
学校時代は、先生は指導的立場を示す意味から呼び捨てにすることもありましたが、違和感はありませんでしたでした。成人になり福祉もサービス業だから「ご利用者様」と呼ばれたりすると、どうも違和感があります。

[ 父親B ]
女房は昔から○○ちゃんと、ちゃんづけで呼んでいて、自分は昔から呼び捨てです。
それが、あゆみでは 職員に○○さんと丁寧に呼ばれているのを見ると、大人扱いされている感じがして、やはりうれしいです。

[ 母親C ]
養護学校の頃は、大人になったらそれなりの言葉遣いでと言われましたが、今は場面によって使い分けがあってもいいと思っています。親の価値観も色々なので一律にこうすべきということでもないのでは…。
大事なことは、きちんとコミュニケーションが とれることと信頼関係が基礎にあることだと思います。
また、内と外の使い分けをすること。
私も家の中では○○ちゃんと呼んだり、幼児語のような会話があって、第三者がいたら子供扱い しているように見えると思います。
父親の方は、子どもが小さい時には接する時間も少なく、「将来を考えて教育しなければ…」という思いからベタベタした感じはありませんでした。
最近は接する時間が長くとれるようになったことや障害の重度化が進んできたこともあり、「かわいい」という心情が強くなったのか、幼児扱いに見える場面が増えてきました。

[ 母親D ]
うちは大人扱いしようとして普通の言葉を使っても通じないと思います。幼児語の方が会話として通じるなら幼児語でかまわないです。
息子の場合、言葉よりも絵の方が本人が理解しやすいし、気持ちも安定するのでカード絵のような方法もどんどん使って欲しいです。
生活に必要な情報を獲得できる言葉がたまたま幼児語ということで、名前も慣れている呼び名の方が本人の気持ちが安定します。

知的にも重い障害を持つ方の「意思」をどう掴み、どう尊重するべきか

[ 所長 ]
職員意識調査では「利用者によって差をつけない」とか「利用者の意向を尊重する」という項目があり、ここでも職員の迷いがあることがわかり ました。差をつけていいこと悪いことがありますが、線引きは難しいです。
一方、「障害を理由に差別しない」とか「利用者の話しかけや働きかけを無視しない」という項目には、「そういうことはしていません」と明確に答えています。
知的にも重い障害を持つ方の「意思」をどう掴むのか、どう尊重したらいいのか、具体的な方法がよくわからないということです。

[ 父親A ]
その点は、親としても迷うところです。
親は本人の意思を汲んで選択して代弁することはできるけれど、結局のところ親の意向を押しつけているのかもしれません。
今は代弁できますが、やがて親も面倒を見れなくなるとそれもできなくなります。
その頃には入所施設やグループホームに入る人もいるでしょう。
だから本人の「意向」をどう掴むのかを支援者の方に早めに伝えたいのですが、結局、それも親の都合や意向でしかないかもしれません。

[ 父親B ]
親は自然に本人の意向を汲んだり、振り向いたりしますが、普通は意思の伝達ができない人には人がつきません。悪気はなくても誰も気づかなくて、放置されやすいです。
ボランティアも意思表示をできない人にどうしたらいいかわからないとか、反応が返ってこないために自分が力不足だったのでは…と責任を感じて辛くなって続かないといった難しさがあります。

[ 母親C ]
うちは小さい頃はすごく笑いましたが、今は周囲の働きかけにはっきりした反応がありません。
職員の方が連絡帳に「今日は笑顔が出ました」と書いてくれたり、写真を見せてくれます。
本当に笑っているのかなという写真もありますが、親でも見落としがちな小さな変化のことを教えてもらうと嬉しいです。
本人の意思をどう掴むかは、親も本当にこれでいいのかと思うことは沢山あります。
「今日はどうしよう。こんな日は私がやりたいことはこの子も好きだろう…」ということで 決めることもあります。
職員の方もそ んな気持ちですることなら親の認識とズレがあっても構わないと思います。

[ 母親D ]
うちは職員やボランティアが気後れしたり、おそれがあると直ぐに感じ取ります。
そういう場面では言葉で表現することはできませんが、心のうちは読みとっています。
その結果、相手の不安感が本人の混乱やパニックを招いてしまうこともあります。
何の理由もなくパニックになることはありません。
外だと周囲から奇異の目で見られたりもしますが、無理に抑制するとパニックがひどくなるので、私は気にしないで本人本位の対応に徹します。
その点は、昔に比べると今は、街の中でやさしい声をかけてくれる人が増えてきたと思います。