父母会の皆さんに、お話を伺いました。

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あゆみの家の利用者は、自らの言葉で思いを語るのが困難な人ばかりです。
職員は、日々の表情やしぐさから その日の気持ちを汲み取って コミュニケーションをとります。
さらに、もうひとつ大切な方法として 保護者との対話があります。

そこで、所長がインタビュアーになって父母会の皆さんにお話を聞いてみました。

大切にしてほしいこと

[ 所長 ]
今日は、私からふたつの質問をして話を進めたいと思います。
皆さんには、いち保護者の立場でお話をしていただければと思います。
それでは、最初の質問です。
4月から法人の運営になり「今までの運営方法やプログラムを継続する」ことを約束しましたが、皆さんにとって、あゆみの家の魅力や今後も変わらずに大切にしてほしいことは何ですか?

[ Aさん ]
街の中では他人の目を気にしながらの生活ですが、あゆみでは、お陰 様でどの障害者も平等で、安心です。息子は外見上、ひと目で障害者とわからないので、街では誤解や無知からトラブルがあると親が言い訳やらお詫び を何度もしてきましたが、あゆみに預けている時間は本当に安心です。

[ Bさん ]
まだ法人の運営になって数か月なのでよくわかりませんが、職員の皆さんには、あまり肩に力をいれずに介 護をお願いしたいと思います。ゆっくり、じっくりでいいです。

[ Cさん ]
あゆみは、ひとり一人の個性を大切にきめ細かに指導して下さっていると思います。全体的に明るい雰囲気で外出が多いところもいいです。

[ Dさん ]
利用者・保護者の希望が長い間かかって実現されてきたんだなって思います。
父母会の役員になって昔の資料に目を通す機会があったのですが あゆみの家は、職員の皆さんとともに作り上げてきた施設だと感じました。

重度障害者の自立とは

[ 所長 ]
私の最初の障害者福祉の仕事は障害者就労福祉センターでした。
文字通り「就労による自立」ということで、就職や作業工賃のアップを支援しました。
2番目は、障害者センターの館長で、作業はあるけど必ずしもそれが中心ではない生活介護の人たちもいて、身辺自立だとか、親からの自立が主なテーマでした。
全体に自己決定ができてコミュニケーションも取れる皆さんが中心でした。
しかし、あゆみの家はだいぶ事情がちがいます。
そこで質問です。自己決定とか、自分で意思表示が難しい重度、重症の障害者の自立って、皆さんは、どう考えますか?

[ Dさん ]
幼児期を英国で過ごしたことがあり、向うでは、例えば、通所施設でも給食を何種類かある中から選ぶなど、幼児のうちから小さなことでも本人が 選ぶことを大切にしていました。
そのせいか家では、あれこれ色々と自己主張しています。
レストランで食べたい物があったのに言えなかった障害者の方の話を本で読んだことがありますが、言えなかったのは、いつも親が選んでいて本人は料理の名前を教えてもらっていなかったせいでした。
だから、自分が選ぶ、自分で言えるようになるこ とが自立だと思って育ててきました。

[ Cさん ]
子供は小さい頃は、何かひとつでもできるもの、得意なことを探してあげたいと思って連れまわしました。
渋谷で絵の教室があったので通いましたが、親が途中でくたびれて続きませんでした。
絵は今でも好きで、色への関心は強くて洋服の色で人の特徴を覚えていたりします。
最近は、親亡き後のことも考えて、お金の種類の違いをわかるようにしてあげたいと思って何度も教えたのですが、なかなか親の思いや理想どおりにはいきません。

[ Aさん ]
息子は養護学校を卒業して最初は作業所に通いました。
組み立て作業とかそれなりにできて作業も沢山あったので月2万円くらい作業工賃をもらえました。
それが、ある時期からこだわりが強くなって作業の継続が難しくなって、作業所を変えたのですが無理であゆみに通所することになりました。
この4月にグループホームに入所できて、本人は大変気に入っているようです。
週末に家に帰って過ごしますが、「ホームは○、おとうさんは×」と書いてあるメモを私に見せます。

[ Bさん ]
あゆみの家には幼児部からお世話になりましたが、当時は耳が不自由だったから自力歩行はむりだろうとあきらめかけていたのですが、新宿養護の頃に先生が牛乳パックの椅子を工夫してくれて徐々に立てるようになりました。
親はつい先回りして何でもやってしまうので食事もあゆみでは手を使っていますが、家では手を引っ込めてしまいます。ボランティアさんも好みがあって選ぶ力もあるのに、何かと親がやり過ぎたなあ、と反省しています。
でも、歩くことをあきらめていた頃から考えると、今は病気もしないで元気にあゆみに通っていることは、親としては、大きな驚きで、喜びです。