外見ではわかりずらい「障害」を考える 4回目の「つながるカフェ」

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知っていただくことから

新宿高次脳機能障害者友の会
太田 三枝子

つながるカフェの話題提供として今回「高次脳機能障害」を取り上げていただき、 ありがとうございます。

ここ数年、テレビや映画にも出てくる ようになりましたが、そのほとんどが若者です。
しかし、高次脳機能障害者の年齢を見ると10歳に満たない子供からご高齢の方までいます。原因も脳血管疾患、外傷、脳炎、中毒、脳腫瘍、事故、低酸素脳症と様々です。ライフステージが違 えばニーズも異なります。障害も記憶、遂行、注意障害、失語、失行、失認等々、障害を受けた脳の部位によって様々な組み合わせで現れます。ついさっきまでは 元気だったのに、ということで家族も状況 を受け入れられません。発症以前とのギャップに本人も、家族も苦しみます。 脳外科医療の進歩によりたくさんの方の命が救われるようになりましたが、その結果として高次脳機能障害者が多く生まれるようになりました。

私自身、息子の将来を、親亡き後どうするのかが一番の心配事になります。病院で息子の隣の方の奥さまが「こんなことになるなんて先生はおっしゃらなかった」と涙ながらにお話しなさったことが、24年経った今でも頭から離れません。その方は優秀なサラリーマンで、子供は高校生と中学生2人いて、社会復帰は厳しい状況でした。家族の不安はいかばかりかと。中高年の方は、プライドはしっかり残っています。認知症の方が多くいるデイサービスは自分の行く場所ではないと拒否されます。1日中以前と変わってしまった人との生活は、家族にとって気持ちの休まる時がありません。

家族はどこに相談すればよいのかわからず、また相談にたどり着いたとしても、福祉サービスがまだニーズに追いついていないのが現状です。周囲の理解がなく家族は孤立しがちになります。しかし、いつどこで誰が発症してもおかしくないのが、高次脳機能障害です。ですから色々な機会を利用して多くの方に 知っていただくことだと思っています。

カフェに初めて参加して

若年認知症家族会「彩星の会」 世話人
三橋良博

7月28日に開催された「第4回 つながるカフェ」へ参加させていただき、若年認知症の介護家族として、全体会で「そもそもどんな障害で、どのような生きづらさを抱えることになるのか」話題提供をしました。

若年認知症は、18歳から64歳まで に発症した人のことを言います。

正確な数字は出ていませんが、日本全国で5万人から10万人と言われています。認知症というと高齢の方がかかる病気だと思われがちですが、実際には、40代、50代で認知症になっている方が大勢います。周囲の人も、あの若さで認知症ということはないだろうと思い込み、大変わかりづらいです。

認知症でよく例に出されるのが、徘徊です。お年寄りが季節に合わない服を着ていたり、サンダルで目的もなく歩いていると、すれ違った方がおかしいなと思い、声をかけてくれてふせげることがあります。でも、50代の人が町を歩っていても、だれも認知症の徘徊とは思いません。身なりもちゃんとしていて足腰も強いので、しっかり歩きます 。ですが、本人は行き先がわからず、歩き続けるのです。若年認知症の人の徘徊は、都府県をまたいで発見されることがあり、事件、事故にあうことが多くみられます。

今回、つながるカフェに参加させて頂いて、外見ではわかりづらい障害を持った方が、多くいるというのを知りました。 実際に障害を持った方と会う機会がないと、理解が深まらずに偏見や差別につながってしまいます。こういった機会の大切さを感じます。また、障害を持った人に対して、優しく寄り添う方がたくさんいることを教わりました。家族の辛さも知りました。こ れは他人事ではなく「お互い様」の気持ちを持って手を差しのべ握り合っていくことが必要です。

分科会に司会で参加

更生施設けやき荘
熊谷 真弓

今回のカフェは、「障害」をど う理解 したらいいか?をテーマに当事者家族 の立場からの話題提供を受けて、分科会でさらに国や制度が公認していない 症状を抱えた立場の人たちには地域の 中で何ができるのだろう、という課題の もと自由に意見交換をしました。私の参 加した分科会は、家族会の方、民生委員、 施設職員、 計8名で話し合いました。

皆の問題関心は、支援が必要な当事者が障害認定される前の段階に受ける様々な苦労に集中しました。「制度が公認しない」立場・状況下で公費での支援の手が入らず、家族が何とか奮闘して日々を過ごしていく危うさについて、様々な経験からの意見、情報交換で話が盛り上がったのです。わかりやすい例は、介護認定です。最初は要介護がつかず、家族の中で戸惑いつつケアをしていた体験談がありました。また、利用する支援制度の限界で送迎は玄関入口までと 言われると、階段から降りるのが大変でも手伝ってもらえない等。まだまだ制度に乗らない段階や制度の狭間でこぼれる事態等、日常例がたくさんあることを皆で確認しました。そして、改めて当事者や家族の会が連帯して、制度にしてきた大切な歴史の積み重ねが、今の福祉を守っていることも確認しました。

ますます高齢化が進み、ライフスタイルの個別化が進めば地域のつながりは、いっそう努力して構築しなければできないでしょう。ですから、まず私たち福祉に携わる者たちが、このような「つながるカフェ」で出会い、連携の基盤を造ることはとても重要であると再認識しました。

そして、私たち大人は、顔を合わせて紡ぐコミュニケーションの機会が減る社会の中で子どもたちに「人は人とのつながりの中でこそ生きられる」という実感を手渡ししていく責務があることも心に響いた会でした。

カフェに初参加した菊田さんは、発達障害 を持つ学齢期の子供たちを支援する親の会で 活動しています。会のホームページに親の立場で悩みや希望が綴られていたので本人の了 解を得て一部転載します。

ヤフーに向かって独り言

通級児親の会スイッチ
菊田 史子

Yahoo! ニュースに「京都の小学校で多動傾向の児童の口に担任の先生が粘着テープを貼った」という記事がありました。見て頂きたいのは、記事のコメント欄です。500を超えるコメントの殆どが、「発達障害児は、他の子に迷惑」「別の学校に行けばよい」というものでした。

誰もいない車内で、つい口をついて暴言が出てしまう時のように、大人の素のままの想いが出ているのかもしれません。

発達障害はしつけの問題ではありません。脳機能の特徴によるものです。多動抑制薬を飲み忘れた日の夕方、息子はよく泣きます。「ボク、今日は体がじっとできなくって、疲れて大変だったんだ」と。寝ていても体が動いてしまう人たちは、自分の体を縛って寝ると聞きます。生まれつき持つ脳機能の特徴のために、 日々こんな苦しみと闘っている人たちがいることを、息子を産むまで私も知りませんでした。

人口の10%程もいると言われている、 発達障害を持つ人たち。迷惑だからと隔離することが、果たして正解なのでしょうか。

想えば、人間は様々な個性を併せ持っていて、優れている部分もあれば、劣っている部分もある。周囲を見回せば、いろんな特徴を持つ人たちがいて、それぞ れに優れたところを光らせて生きています。それが現実の社会です。

例えば、発達障害だったといわれているエジソンやスティーブ・ジョブズは、世界の経済を牽引しました。いろんな人たちがそれぞれに影響を与え合い、社会が成り立っていることを日々の生活に 追われて、日本の大人はつい忘れがちなのかも知れません。

でもそれは、これから社会を担う子ども達に教えてあげたい、とても大事なことです。学校は社会の小さな縮図です。学校の中で、子ども達は社会のありようと、そこでのふるまい方を学びます。子どもの曇りない感性は、お互いの劣っているところも捉えますが、優れているところも捉えるものです。実にしっかりと。相手の優れたところを認め合い、劣っていればちょっと手を貸す力。その力こそ、社会には必要な力であること。そしてその力を磨く場所が学校であるということ。我々大人が、今一度そのことに思いを馳せてほしいのです。

コメントの数々は、その大義の議論を忘れてしまっている現実を浮き彫りにしているのかもしれません。コメントから広がる波紋が、そのことを想起する契機になるように願ってやみません。