生涯現役! 84歳のボランティア。

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プール・ボランティアとして長年お世話になっている岡野元昭さんは、84歳の現役のボランティアです。その元気の秘訣をお聞きしました。

鮮烈な戦争の記憶

私は、銀行を定年退職した後に社会福祉協議会にボランティア登録をしました。最初の仕事は24年前のあゆみ家の2泊3日の合宿でした。家の近くだったから「お手伝いしましょう!」とあゆみの家へ行ったんですね。退職後は週5日、ボランティアをしていました。あゆみの家の他に国際医療センターや生活実習所の手伝いもしていました。

水泳は学生時代から選手でした。小学校4年の時に初めて区の大会に出ました。会社勤めになっても健保組合の都の代表になって全国大会に何回か出場しました。

子供の頃から泳ぐのは好きだったのですが、学童疎開で妹と山梨の母の実家に行きました。当時は南千住に住んでいて、今は廃校になった小学校に通っていました。当時小学校6年で中学受験のために疎開先から東京に上京した日が3月10日の東京大空襲の日でした。山梨には戦争の情報は全然入らず、立川で降りた時にいきなり怪我人や被災者が沢山いるのを見て、友達と「いったい何事が起きたんだ?」と思いました。父と姉は東京にいましたが、東京の実家は丸焼けでしたね。実家にたどり着くまでは、あちこち行って随分迷いました。地下鉄の浅草駅で電車から降りる時になったら、みんなが一斉に防空頭巾をかぶり始めました。地上に出ると松屋や周辺のビルが火を吹いていました。浅草では建物が残ったのは松屋だけでした。学校は受験に来たけど焼けちゃって、入試はできませんでした。戦争がどんどん激しくなり再び山梨へ行き、山梨の学校を卒業しました。実家の近所の人の消息は全然わからなかったです。数年後に同級生が集まろうということになったけれど何人も集まらなかったね。戦中は本当に色々と大変な思いをしました。

元気の秘訣といえば…

銀行は60歳の定年で退職して、その後は子会社で70歳まで働きました。今思えば、本当に夢のような時代でしたね。人間運が左右することがありますね。 ボランティアをやって良かったと思うことは利用者さんが喜んだときですね。少しでも楽しそうな様子を見ると「あ~やって良かったなあ」と心の底から思いますね。

健康の秘訣は好き嫌いなく食べること、暴飲暴食はしないこと、それから運動をすることが大事です。こうやって元気でいられるのは、世間に出て手伝いをしたり、積極的に社会に出ているのがいいんです。退職して酒ばかり飲むとアウトになります。酒飲んだりして、何もしないのが一番体に良くないです。

酒は嫌いではないですけど、お手伝いの時間は酒を飲む訳にはいかないでしょ。これは自分の健康のためなんです。昔は、冬はスキーで夏は水泳と登山、子供を連れてよくテニスもしました。人と積極的に関わりを持つのが元気の秘訣ですね。

“禍福は糾える縄の如し”で、生死の狭間をくぐり抜けた幼少時代、高度経済成長期を支えた充実した三菱銀行員時代、そして今と激動の時代を生きた岡野さんの含蓄のある言葉には重みがあります。 ここに紹介したお話はお聞きしたお話全体からすると4分の1くらいです。ほんの少し垣間見た岡野さんの人生の数ページですが、その生き方は我々の指針となり、元気の秘訣、幸せのヒントを与えてくれると思いませんか。